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バフェットのコカ・コーラ投資|1988年、市場には何が見えていたか

by @kabueng55

バフェットのコカ・コーラ投資 - 1988年8月31日の公開情報と判断地点の図解

1988年8月31日、ニューヨーク証券取引所の大引け。コカ・コーラの終値は40ドルでした。この記事は、その後この銘柄に何が起きたかを先には扱いません。この日までに誰でも見ることができた資料だけを並べ直し、あなたに一度だけ判断してもらいます。実際に何が起きたか、そして後から分かったことは、その判断のあとに分けて置いてあります。

判断地点 — 1988年8月31日 午後4時(ニューヨーク時間)の大引け

判断地点: 1988年8月31日 16:00 ET(ニューヨーク証券取引所の大引け) この時点であなたは、この会社の株を誰が買っていたかも、その後に株価や配当がどうなったかも知りません。使えるのは、それ以前に公開されていた資料だけです。

なぜこの一点を境界に選ぶのか。理由は3つあります。

1つ目。その日の相場が、翌朝の紙面に記録として残っているからです。1988年9月1日付の The Lewiston Daily Sun は、前日8月31日のニューヨーク証券取引所の取引をまとめています。日付・時刻・タイムゾーンが特定できる境界であり、当日の値そのものを後から確認できます。

2つ目。この時点までに公開されていた資料が、いま実際に確認できるからです。直近の通期決算、配当の記録、その年の四半期業績、市場全体の水準、経営陣についての評価。すべて後から辿れます。

3つ目。同じ資料が誰にでも開かれていたからです。株価表は新聞に載り、年次報告書は株主に配られ、四半期の決算は通信社が配信していました。ただし、公開情報が同じでも、そこから同じ判断が生まれるとは限りません。この記事で確かめられるのは、その一点です。

ひとつ、はっきりさせておくことがあります。この境界は、誰かが意思決定を下した日ではありません。ここで検分するのは特定の投資家の意思決定そのものではなく、1988年夏の公開情報環境です。この区別を曖昧にすると、後知恵で意思決定を作り直したことになります。

当時、公開されていた資料

1. その日の株価

1988年8月31日のニューヨーク証券取引所の終値です。

項目
終値40ドル
株価収益率(PER)15倍
出来高844,200株
配当表示年1.20ドル

出典: The Lewiston Daily Sun 1988年9月1日付・22面のニューヨーク証券取引所株価表(銘柄行 CocaCl)。前日比は4分の1ドルと読めるが、符号は紙面のスキャンからは判読できなかった。

  • この表が示すこと: 大引け時点で、この会社は1株40ドル、利益の15倍で評価されていた。
  • この表が示さないこと: 15倍が高いのか安いのかは、この数字だけでは決まりません。何と比べるか、そして利益が今後どうなると見るかによって、同じ15倍が別の意味になります。

2. 直近の通期決算

1987年度の年次報告書(1988年2月18日付)に載った数字です。

項目1987年1986年増減
売上高76億5,830万ドル69億7,660万ドル+9.8%
営業利益13億2,380万ドル8億9,710万ドル+47.6%
税引前利益14億1,020万ドル14億350万ドル+0.5%
純利益9億1,610万ドル9億3,430万ドル−1.9%
1株利益2.43ドル2.42ドル+0.4%

ここが、この資料のいちばん難しいところです。表面の数字だけを見れば、純利益は減り、1株利益はほぼ横ばいです。ところが同じ報告書の本文は、こう説明しています。1986年には1株あたり35セントの特殊要因が含まれており、それを除けば営業利益は23%増、純利益は14.5%増、1株利益は17.4%増である、と。

つまり同じ1冊が、読み方によって「停滞」とも「二桁成長」とも読めます。

  • 示すこと: 会計上の最終利益は前年を下回った。同時に、会社は前年の一過性要因を除いた比較を提示していた。
  • 示さないこと: どちらの読み方が正しいかは、この報告書からは決まりません。特殊要因を除く調整が妥当かどうかは、読み手が判断することです。

3. 配当の記録

同じ年次報告書の配当の節に、次のことが書かれていました。

  • 1株あたり年間配当は、1987年 1.12ドル/1986年 1.04ドル/1985年 0.99ドル

  • 1988年2月の取締役会で四半期配当を0.30ドルに引き上げ、年間では1.20ドルになる

  • これは26年連続の増配にあたる

  • 会社は配当性向を40%へ引き下げる方針を明記していた

  • 示すこと: 増配が四半世紀以上続いており、直近も引き上げられた。会社は利益の再投資を増やす方針を公表していた。

  • 示さないこと: 連続増配が今後も続く保証はありません。過去の連続記録は、将来の継続を約束するものではない。

4. 直近の四半期

1988年7月14日に配信された第2四半期の決算報道です。

  • 第2四半期 純利益 3億300万ドル・1株82セント(前年同期 2億6,640万ドル・70セント/+13.8%

  • 上半期 純利益 5億1,400万ドル・1株1.39ドル(前年 4億5,180万ドル・1.19ドル/+13.7%

  • 会長兼CEOのロベルト・ゴイズエタ氏は「1988年も二桁の増益になる」と述べた

  • 一方で、オレンジジュース部門は業界全体の需要減で不振だった

  • 示すこと: 境界の1か月半前の時点で、上半期は二桁の増益になっていた。経営陣は通期でも二桁成長を見込むと公に述べていた。

  • 示さないこと: 経営陣の見通しは、その時点での見通しです。実現するかどうかは、この資料からは分かりません。

5. 市場全体の環境

同じ8月31日の市場です。

指標終値前日比
ダウ工業株30種平均2,031.65−6.58
S&P総合指数261.52−0.99
NYSE総合指数148.29−0.37

出典: 同紙面「MARKET IN BRIEF」。当日の出来高は1億6,021万8,940株、値上がり693/変わらず532/値下がり716。紙面の見出しは「Stocks close lower」。

そしてこの日は、1987年10月の急落から10か月あまり後にあたります。

  • 示すこと: 市場は前日比で下げて引け、値下がり銘柄が値上がり銘柄をやや上回っていた。
  • 示さないこと: 相場全体の水準が個別企業の価値をどう左右するかは、この数字からは分かりません。

6. 経営陣についての評価

1987年10月26日の Fortune 誌は、ゴイズエタ体制を特集していました。この記事のデータ欄には、当時の株価48ドル・PER18倍・過去12か月の値幅32.75〜53.50ドルが載っています。本文には、時価総額が約200億ドルであること、商標が帳簿上25百万ドルで計上されていること、証券会社のアナリストが総資産利益率を50%近いと推定していることが書かれていました。

  • 示すこと: 経営の刷新と資本効率の高さは、境界より前に一般誌で論じられていた。
  • 示さないこと: この記事の株価と指標は、境界の約10か月前のものです。しかも1987年10月の急落の直前にあたるため、境界日の水準とは切り離して読む必要があります。

ここで一度、判断してみる

この記事で確認する材料はここまでです。以上の資料だけを見て、どう見えるでしょうか。

注記: あなたが大口の投資家と同じ資金力や交渉条件を持つ、という意味ではありません。ここでは、当時確認できた資料がどう見えるかだけを考えます。

  • A: この会社の株を大きく買う判断を支えるだけの材料は、ここまでの資料のなかに揃っているように見える。
  • B: 最終利益の減少と、40ドル・15倍という値段を踏まえると、判断材料としては足りないように見える。
  • C: この記事で確認した資料だけでは結論を出せない。追加で確認したい情報がある。

正解はありません。決めてから先へ進んでください。

BOUNDARY

ここから先は、実際の行動と、後になって分かったことを扱います。

A・B・C のどれかを決めてから読み進めてください。

実際に取られていた行動

1989年2月28日付で署名されたバークシャー・ハサウェイの1988年度株主への手紙に、保有株の一覧が載りました。そこに次の1行があります。

株数会社取得原価時価
14,172,500The Coca-Cola Company592,540千ドル632,448千ドル

注意したいのは、この手紙が保有表に数字を載せただけで、本文でコカ・コーラを論じていないことです。理由も、いつ買ったかも、書かれていません。

後から分かったこと

以下はすべて、判断地点では手に入らなかった情報です。

取得の規模と時期。1993年度の手紙に、こう書かれています。

“The impressions I formed in those days about Don were a factor in my decision to have Berkshire make a record $1 billion investment in Coca-Cola in 1988-89.” (当時ドンについて抱いた印象が、バークシャーとして記録的な10億ドルをコカ・コーラに投じるという私の判断の一因になった。1988年から89年にかけてのことだ)

同じ手紙は、ゴイズエタ氏とドナルド・キーオ氏について「前の10年で停滞していた会社を引き継ぎ、13年足らずで市場価値を44億ドルから580億ドルへ動かした」とも書いています。境界の時点で「停滞していた会社」と表現されるような何かが背景にあったことは、この後年の文章で初めて明示されました。

買い切りまで。1994年末の保有表では、株数1億株・取得原価1,298,888千ドル・時価5,150,000千ドルとなっています。

配当の推移。2022年度の手紙にこうあります。

“The cash dividend we received from Coke in 1994 was $75 million. By 2022, the dividend had increased to $704 million.” (1994年にコークから受け取った現金配当は7,500万ドルだった。2022年までに、配当は7億400万ドルに増えていた)

同じ手紙は、年末時点でこの投資の評価額が250億ドルだったことも記しています。

その後の売買。2023年度の年次報告書には、その年に1株も売買しなかったこと、そしてその状態が20年以上続いていることが書かれています。

取得単価。1988年度の保有表の数字から割り算すると、1株あたり約41.81ドル(592,540千ドル ÷ 14,172,500株)になります。年末時価では約44.63ドルです。これは計算値であり、原典に書かれた数字ではありません。境界日の終値40ドルと近い水準ですが、1988年を通じた平均であって、8月31日の値ではありません

最初の判断を見直す

ここで、さきほどのA・B・Cに戻ります。

もしいま判断が変わったとすれば、それは当時の資料の読み方が深まったからでしょうか。それとも、後の結果を知ったからでしょうか。

この2つは似て見えて、まったく別のものです。前者は次の判断にも使える検証手順になります。後者だけでは、結果をまだ知らない次の場面で再現できません。次に判断するとき、あなたは再び結果を知らない側に立つからです。

とくにこのケースでは、表面の数字と注記の数字のどちらを重く見たかが分かれ目になります。それは資料の読み方の問題であって、結果を知ってから決められることではありません。

このケースから言えること/言えないこと

言えること

  • 境界の時点で、終値40ドル・PER15倍・26年連続増配・上半期二桁増益は、いずれも公開情報として存在していた。
  • 1987年度の最終利益は前年を下回っており、同じ報告書が一過性要因を除いた別の見方も併記していた。
  • 大規模な取得が1988年から89年にかけて行われたことは、後年の一次資料で確認できる。
  • 取得が公になった1989年2月28日の手紙は、保有表に数字を載せただけで理由を説明していない。
  • 後年の説明と当時の資料は、区別して扱う必要がある。

言えないこと

  • 当時の公開情報がそのまま取得の判断材料だった、とは言えません。判断の過程を書いた資料は存在しません。
  • 40ドル・15倍が明らかに割安だった、とも言えません。割安かどうかは、その後の利益が伸びるという前提に依存します。
  • 連続増配が続いていたから安全だった、とは言えません。過去の記録は将来を保証しません。
  • 後の値上がりが当時の判断の正しさを証明する、とは言えません。結果は判断の後に起きたことです。
  • 各要素にどう重みを置いたかは分かりません。重み付けは一次資料に残っていません。
  • この記事から再利用できる銘柄選定の公式は取り出せません。読者に同じ銘柄を勧めるものでもありません。

記録に残っていないこと

  • 市場が最初にこの保有を知った日時。 この記事で確認した最初の物証は1989年2月28日付の手紙です。それ以前に知られていたかどうかは確定できていません。
  • 1988年8月31日の時点で、すでに買い付けが始まっていたかどうか。 一次資料が示すのは「1988年から89年にかけて」までで、月ごとの執行は記録に残っていません。
  • 内部でいつ意思決定が行われたか、その過程はどうだったか。
  • どの価格帯で、どの順に買ったか。執行の設計。
  • 各要素にどのような重みが置かれたか。
  • 検討されて見送られた代替案があったか。
  • 1998年から2010年ごろの株価停滞期に、保有をどう評価していたか(この調査では該当する一次資料を収集していません)。
  • 取得の当時、これに反対する見方がどれだけあったか(一次資料は未収集)。

記録がないことは、なかったことを意味しません。この欄は空白のまま置いておきます。

参照した資料

資料日付発行元種別使った箇所
The Lewiston Daily Sun 22面(ニューヨーク証券取引所株価表・8月31日の取引)1988-09-01The Lewiston Daily Sun一次その日の株価・市場全体の環境
1987年度 年次報告書1988-02-18The Coca-Cola Company一次直近の通期決算・配当の記録
1988年度 株主への手紙(1989年2月28日署名)1989-02バークシャー・ハサウェイ一次実際に取られていた行動・取得単価の計算
1993年度 株主への手紙1994-03同上一次取得の規模と時期(引用)・経営陣の評価
1994年度 株主への手紙1995-03同上一次買い切りまでの保有表
2022年度 株主への手紙2023-02同上一次配当の推移(引用)・年末の評価額
2023年度 年次報告書2024-02同上一次その後の売買
「He Put the Kick Back Into Coke」1987-10-26Fortune二次(雑誌)経営陣についての評価・当時の株価と指標
「Coca-Cola reports nearly 14 percent gain in earnings」1988-07-14UPI二次(報道)直近の四半期

一次資料は発行元が公開している原文にあたり、引用は原文と日本語訳を併記しています。二次資料は報道・雑誌であることを明記し、一次資料と同じ扱いはしていません。

映像でこの判断を追体験する

同じ会社を扱った動画があります。ただし切り口は違います。この記事が「1988年に買うかどうか」を扱うのに対して、動画は「その後の長い保有」を扱います。読む順序を自分で決められる記事に対して、映像は情報の出る順番と間合いが固定されています。どちらが上ということではなく、扱いが違います。

投資家の手紙 ep02『なぜバフェットは、コカ・コーラを30年手放さなかったのか』(YouTube)

記事だけでこのケースは完結しています。動画は必要なら、という位置づけです。


本記事は過去の一時点における公開情報と一次資料を整理したものです。記載した数値はすべて過去の実績であり、特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。投資判断はご自身の責任で行ってください。

// faq

よくある質問

Q. バークシャーがコカ・コーラ株を保有していると初めて公になったのはいつですか?

A. 手元の一次資料で最初に確認できるのは、1989年2月28日付で署名されたバークシャー・ハサウェイの1988年度株主への手紙です。保有株一覧に14,172,500株・取得原価592,540千ドル・時価632,448千ドルと記載されました。ただしこの手紙は保有表に数字を載せただけで、本文でコカ・コーラを論じてはいません。市場が最初にこの保有を知った正確な日時は、この記事で確認した資料では確定できていません。

Q. 1988年8月31日のコカ・コーラの株価はいくらでしたか?

A. ニューヨーク証券取引所の終値で40ドルでした。翌朝1988年9月1日付のThe Lewiston Daily Sun紙の株価表に、株価収益率15倍、出来高844,200株とともに記載されています。前日比は4分の1ドルと読めますが、符号は紙面のスキャンからは判読できませんでした。

Q. 当時のコカ・コーラの業績は良かったのですか、悪かったのですか?

A. 1987年度の年次報告書の表面の数字では、純利益は前年比1.9%の減少、1株利益は2.43ドルで前年比0.4%増とほぼ横ばいでした。同じ報告書の本文は、1986年に含まれていた1株あたり35セントの特殊要因を除けば純利益は14.5%増、1株利益は17.4%増だと説明しています。同じ資料が停滞とも二桁成長とも読める状態でした。

Q. 後の株価上昇は当時の判断が正しかったことの証明になりますか?

A. なりません。後の結果は判断の後に起きたことであり、判断時点で利用できた情報には含まれません。結果から遡って判断の質を評価すると、当時は見えなかったリスクが評価から抜け落ちます。この記事が判断地点と結果を分けて置いているのはそのためです。

Q. この記事はコカ・コーラ株の購入をすすめるものですか?

A. いいえ。過去の一時点で公開されていた資料を確認し、判断の記録を残すことを目的とした記事です。特定銘柄の売買を推奨するものではなく、記載した数値はすべて過去の実績です。投資判断はご自身の責任で行ってください。