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バフェットの日本5大商社投資|公表前、市場には何が見えていたか

by @kabueng55

バフェットの日本5大商社投資 - 2020年8月の公開情報と判断地点の図解

2020年8月31日の朝、バークシャー・ハサウェイが日本の5大商社の株式をそれぞれ5%超取得したと発表しました。伊藤忠商事・丸紅・三菱商事・三井物産・住友商事の5社です。この記事は、その発表そのものを扱いません。発表の直前まで、この5社について誰でも見ることができた資料だけを並べ直し、あなたに一度だけ判断してもらいます。実際に何が起きたか、そして後から分かったことは、その判断のあとに分けて置いてあります。

判断地点 — 2020年8月31日 午前8時30分の直前

判断地点: 2020年8月31日 8:30(日本時間)の直前 この時点であなたは、バークシャーが買っていたことも、いつから買っていたかも、その後に株価や配当がどうなったかも知りません。使えるのは、それ以前に公開されていた資料だけです。

なぜこの一点を境界に選ぶのか。理由は3つあります。

1つ目。市場に取得が公表される直前の点だからです。8時30分の発表を境に、この5社をめぐる情報環境は元に戻らなくなりました。境界が日付と時刻で特定できる形で残っています。

2つ目。この時点までに公開されていた資料が、いま実際に確認できるからです。5社の決算に基づく株価指標、丸紅の赤字、市場での評価、バークシャーの資金調達、そしてバフェット自身が何十年も前に公開していた判断基準。すべて後から辿れます。

3つ目。同じ資料が誰にでも開かれていたからです。同じ数字は日本の投資家にも見えていました。ただし、公開情報が同じでも、そこから同じ判断が生まれるとは限りません。この記事で確かめられるのは、その一点です。

ひとつ、はっきりさせておくことがあります。この境界は、バークシャーが意思決定を下した日ではありません。内部でいつ意思決定が行われたかは、一次資料のどこにも記載がなく、この境界の情報がそのまま同社の判断材料だったわけでもありません。ここで検分するのはバフェットの意思決定そのものではなく、公表直前の公開情報環境です。この区別を曖昧にすると、後知恵で意思決定を作り直したことになります。

当時、公開されていた資料

1. 5社の決算に基づく株価指標

2020年3月期末(2020年3月31日)の実績を基準にした数値です。

社名PERPBR配当利回り
三菱商事6.58倍0.65倍5.76%
三井物産6.65倍0.67倍5.32%
伊藤忠商事6.69倍1.12倍3.79%
丸紅最終赤字のため算出不可0.62倍6.49%
住友商事9.04倍0.61倍6.46%

出典: IRBANK(会社発表の決算数値と株価からの機械集計=二次情報)。基準日は2020年3月31日で、公表日の約5か月前です。

PBR(株価純資産倍率)が1倍を割るとは、帳簿上の純資産よりも、市場がその会社につけた値札のほうが安い状態を指します。5社のうち4社がその水準にありました。

ただし、5社が同じ顔をしていたわけではありません。伊藤忠だけはPBR1.12倍で1倍を超え、配当利回りも5社中もっとも低い3.79%でした。「まとめて放置されていた」という単純な絵にはなりません。

  • この表が示すこと: 2020年春の決算実績を基準にすると、5社の多くが純資産を下回る評価を受けており、配当利回りは3.79〜6.49%の範囲にあった。
  • この表が示さないこと: 8月末時点の実勢値ではない(約5か月のずれがある)。また、安いことの理由——一時的な不人気なのか、収益構造への評価なのか——はこの数字からは分かりません。

2. 丸紅が過去最大の赤字を出していた

丸紅は2020年3月期に、米国湾岸・北海の油ガス田、チリの銅事業、米国穀物事業などの減損を中心に約3,900億円の一過性損失を計上し、最終損益は約1,900億円の赤字となりました。同社として過去最大の赤字です。

  • 示すこと: 公表の5か月前に、5社の一角が過去最大の赤字を計上していた。
  • 示さないこと: それが一度きりの損失なのか、資源価格に連動する構造的な脆さの表れなのかは、この赤字の事実だけでは判別できません。

3. 「万年割安株」という呼ばれ方

総合商社は、原油・金属・穀物・船舶など多岐にわたる事業を1社に抱える、日本で独自に発達した業態です。中身が外から掴みにくく海外投資家に理解されにくい、だから株価が上がらない——長くそう説明され、「万年割安株」と呼ばれてきました。これは当時の市場解説に広く見られた評価であり、一次アンケートなどの裏付けがある数値ではありません。

参考までに、日経平均株価の2020年8月28日(金)終値は22,882円65銭でした。

4. バークシャー側で見えていたもの

見落とされがちですが、買い手の側にも公開情報がありました。バークシャー・ハサウェイは2019年9月に約4,300億円の円建て社債を発行しています。米国企業が日本の市場で円を調達するデビュー債で、報道もされました。2020年にも約1,955億円を発行しています。

  • 示すこと: 米国の巨大企業が、2019年秋から円建てで資金を調達していた事実は公開されていた。
  • 示さないこと: その資金が何に使われるのかは、当時の公表資料からは分かりません。バフェットが「日本での持分の大半を円建て社債の調達資金で賄った」と書いたのは、2024年2月の株主への手紙です。当時と後年の説明を結び付けてはいけない場所がここです。

5. 参考:バフェットが以前から公開していた一般原則

バフェットは長年にわたり、毎年「株主への手紙」を公開してきました。判断の基準にあたる記述は、2020年よりはるか前から誰でも読める状態にありました。ただしこれは特定の銘柄について書かれたものではなく、背景として置きます。

たとえば1989年の手紙にはこうあります。

“It’s far better to buy a wonderful company at a fair price than a fair company at a wonderful price.” (まずまずの企業を素晴らしい価格で買うより、素晴らしい企業をまずまずの価格で買うほうがはるかに良い)

  • 示すこと: 判断の一般原則は、何十年も前から公開された文章として存在していた。
  • 示さないこと: それをこの5社に当てはめたという記述は、2020年8月時点のどの資料にもありません。当てはめは、読み手が後から行う再構成です。

ここで一度、判断してみる

この記事で確認する材料はここまでです。以上の資料だけを見て、どう見えるでしょうか。

注記: あなたがバフェットと同じ資金力や交渉条件を持つ、という意味ではありません。ここでは、当時確認できた資料がどう見えるかだけを考えます。

  • A: この5社をまとめて取得する判断を支えるだけの材料は、ここまでの資料のなかに揃っているように見える。
  • B: 赤字・資源市況・業態の分かりにくさというリスクのほうが大きく、判断材料としては足りないように見える。
  • C: この記事で確認した資料だけでは結論を出せない。追加で確認したい情報がある。

正解はありません。決めてから先へ進んでください。

BOUNDARY

ここから先は、実際の行動と、後になって分かったことを扱います。

A・B・C のどれかを決めてから読み進めてください。

バークシャーが実際に取った行動

2020年8月31日8時30分(日本時間)、バークシャー・ハサウェイはプレスリリースを出しました。完全子会社ナショナル・インデムニティが、日本の関東財務局に対し、大手商社5社の発行済株式の5%をわずかに上回る株式を取得した旨を通知する、という内容です。5社はアルファベット順に列挙されていました。

取得の経緯についてはこう書かれています。

“These holdings were acquired over a period of approximately twelve months through regular purchases on the Tokyo Stock Exchange.” (これらの保有株式は、東京証券取引所での定期的な買い付けを通じて、約12か月間かけて取得された)

同じリリースで、次の3点も明らかにされました。日本への投資は長期保有を意図していること。価格次第で保有比率を最大9.9%まで引き上げる可能性があるが、9.9%を超える買い増しは投資先の取締役会の承認なしには行わないとバフェットが誓約したこと。そして、バークシャーには6,255億円の円建て社債の発行残高があり、そのため円ドルの為替変動へのエクスポージャーはわずかである、と説明したことです。4番目の資料で「使途が書かれていない」と書いた円建て社債が、この一文で初めて日本株と同じ文脈に置かれました。

市場の反応は当日に出ました。5社の株価は前日比4〜9.5%上昇し、5%取得時点の評価額は5社合計で約62.5億ドルと報じられています。急騰した後の同日時点でも、PBRは三菱商事0.71倍・三井物産0.83倍・住友商事0.69倍・丸紅0.71倍・伊藤忠商事1.31倍という水準でした。

後から分かったこと

以下はすべて、判断地点では手に入らなかった情報です。

買い付けの開始日。「我々の日本での取得は2019年7月4日に始まった」と書かれたのは、2024年2月の株主への手紙です。同じ手紙で、バークシャーの規模で公開市場からポジションを作る作業を「戦艦の舵を切るようなもの」と表現しています。

保有の推移。大きな流れは3つです。

時点何が起きたか
2019年7月買い付け開始。2020年末の保有株一覧に載ったのは伊藤忠商事のみ
2023〜2024年5社すべてを買い増し。当初の10%上限を5社の合意で一部緩和
2025年末5社合計の時価と受取配当が、取得原価を大きく上回る水準に

内訳: 2020年末=伊藤忠商事5.1%・取得原価18億6,200万ドル。2023年=アベル氏とバフェット氏の東京訪問後に各社約9%へ、取得原価は合計1.6兆円・年末時価2.9兆円。2024年末=取得原価138億ドル・時価235億ドル。2025年末=初めて会社別の保有比率が開示され、三菱商事10.8%・三井物産10.4%・伊藤忠商事10.1%・丸紅9.8%・住友商事9.7%、5社合計で取得原価153億8,200万ドル・時価353億6,800万ドル・年間配当8億6,200万ドル。

資金の構造。2024年2月の手紙で、日本での持分の大半を1.3兆円の社債発行で賄ったこと、為替相場を予測できるとは考えていないため通貨中立に近い位置を狙っていることが説明されました。2025年2月の手紙では、2025年に見込まれる配当収入が約8億1,200万ドル、円建て負債の年間金利コストが約1億3,500万ドルと具体的な数字が示されています。

5社側の変化。5社は総じて増配と自社株買いを進めました。ただし住友商事と丸紅は、公表直後の2021年3月期にはむしろ減配しています。上昇一辺倒の経過ではありません。

後年の説明。バフェット自身が理由を語ったのは、2025年2月の手紙でした。

“We simply looked at their financial records and were amazed at the low prices of their stocks.” (我々は単に各社の財務内容を見て、その株価の安さに驚かされた)

この一文は判断の説明として明快ですが、2020年8月時点では存在しなかった文章です。当時の判断根拠としてこれを引くことはできません。

最初の判断を見直す

ここで、さきほどのA・B・Cに戻ります。

もしいま判断が変わったとすれば、それは当時の資料の読み方が深まったからでしょうか。それとも、後の結果を知ったからでしょうか。

この2つは似て見えて、まったく別のものです。前者は次の判断にも使える検証手順になります。後者だけでは、結果をまだ知らない次の場面で再現できません。次に判断するとき、あなたは再び結果を知らない側に立つからです。

このケースから言えること/言えないこと

言えること

  • 公表の直前、5社の決算に基づく株価指標・丸紅の赤字・市場での評価・バークシャーの円建て社債は、いずれも公開情報として存在していた。
  • バフェットが後年に語った理由(財務内容を見て株価の安さに驚いた)と、当時公開されていた資料は、突き合わせて確認できる。
  • この判断は1社への集中ではなく、5社に分けて行われた。
  • 当時の5社は同じ評価を受けていたわけではない。伊藤忠だけがPBR1倍を超え、丸紅は過去最大の赤字を出していた。
  • 後年の説明と当時の資料は、区別して扱う必要がある。

言えないこと

  • バフェットが挙げてきた基準をすべて満たしていたから買った、とは言えません。適用を書いた資料は存在しません。
  • 5社が明らかに割安だった、とも言えません。安さの理由が一時的か構造的かは当時判断できませんでした。
  • 分散されていたから安全だった、とは言えません。5社は資源市況という共通の変動要因を持ちます。
  • 後の値上がりが当時の判断の正しさを証明する、とは言えません。結果は判断の後に起きたことです。
  • 各要素にどう重みを置いたかは分かりません。重み付けは一次資料に残っていません。
  • ひとつの指標で説明できる、とも言えません。PBRだけを見るなら、伊藤忠は選ばれない側になります。
  • この記事から再利用できる銘柄選定の公式は取り出せません。読者に同じ5社を勧めるものでもありません。

記録に残っていないこと

  • 内部でいつ意思決定が行われたか、その過程はどうだったか。
  • 5社をどの順で、いくらで買ったか。執行の設計。
  • 各要素にどのような重みが置かれたか。
  • 検討されて見送られた代替案があったか。
  • 意思決定者が実際に読んだ資料。「財務内容を見た」以上の粒度は分かりません。
  • 2021・2022年度の手紙に商社への言及があったか(この調査では未収集)。
  • 公表当時、これに反対する見方がどれだけあったか(一次資料は未収集)。

記録がないことは、なかったことを意味しません。この欄は空白のまま置いておきます。

参照した資料

資料日付発行元種別使った箇所
ニュースリリース「Berkshire Hathaway acquires 5% passive stakes in each of five leading Japanese trading companies」2020-08-31バークシャー・ハサウェイ一次実際に取った行動
2023年度 年次報告書(会長の手紙・2024年2月付)2024-02同上一次買い付け開始日・保有推移・資金の構造
2024年度 年次報告書(会長の手紙・2025年2月付)2025-02同上一次後年の説明・上限緩和・配当と金利
2025年度 年次報告書(保有一覧)2026-02同上一次2025年末の会社別開示
2020年度 年次報告書(保有一覧)2021-02同上一次2020年末に伊藤忠のみ掲載
1989年度 株主への手紙1990-03-02同上一次一般原則(引用)
各社決算に基づくPER・PBR・配当利回り時系列2020-03期末基準IRBANK二次(機械集計)株価指標の表
丸紅の減損・最終赤字の報道2020-03日本経済新聞二次(報道)過去最大の赤字
取得公表と当日の株価反応・評価額2020-08-30CNBC二次(報道)市場の反応
公表当日時点のPER・PBR・配当利回り2020-08-31トウシル(楽天証券)二次(解説記事)急騰後の水準
円建て社債の起債報道2019-09〜日本経済新聞・Bloomberg二次(報道)バークシャー側の公開情報

一次資料はバークシャー・ハサウェイが公開している原文にあたり、引用は原文と日本語訳を併記しています。二次資料は集計・報道であることを明記し、一次資料と同じ扱いはしていません。

映像でこの判断を追体験する

同じ題材を、順番に沿って体験する形にした動画があります。読む順序を自分で決められる記事に対して、映像は情報の出る順番と間合いが固定されています。どちらが上ということではなく、扱いが違います。

投資家の手紙 ep01『バフェットはなぜ日本の商社を買ったのか』(YouTube)

記事だけでこのケースは完結しています。動画は必要なら、という位置づけです。


本記事は過去の一時点における公開情報と一次資料を整理したものです。記載した数値はすべて過去の実績であり、特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。投資判断はご自身の責任で行ってください。

// faq

よくある質問

Q. バークシャーが5大商社株を取得したと公表したのはいつですか?

A. 2020年8月31日午前8時30分(日本時間)です。バークシャー・ハサウェイの完全子会社ナショナル・インデムニティが、伊藤忠商事・丸紅・三菱商事・三井物産・住友商事の5社について発行済株式の5%超を取得したと発表しました。買い付け自体はその約12か月前から東京証券取引所で行われていたとプレスリリースに記載されています。

Q. バフェットが5大商社を買った理由は一次資料で確認できますか?

A. 本人の言葉として確認できるのは、公表から4年半後の2025年2月の株主への手紙にある「各社の財務内容を見て、その株価の安さに驚かされた」という記述です。これは後から語られた説明であり、2020年8月の取得公表時点で公開されていた説明ではありません。意思決定の内部過程や各要素の重み付けは一次資料に残っていません。

Q. 公表前に確認できる直近の決算期末ベースでは、5大商社のPBRはどのくらいでしたか?

A. 2020年3月31日時点の実績ベースであり、公表直前の実勢値ではありません。その基準では住友商事0.61倍・丸紅0.62倍・三菱商事0.65倍・三井物産0.67倍・伊藤忠商事1.12倍でした(IRBANK集計)。公表日の約5か月前の数値です。5社のうち4社が1倍を割っていた一方、伊藤忠だけは1倍を超えており、5社が同じ評価をされていたわけではありません。

Q. 後の株価上昇は当時の判断が正しかったことの証明になりますか?

A. なりません。後の結果は判断の後に起きたことであり、判断時点で利用できた情報には含まれません。結果から遡って判断の質を評価すると、当時は見えなかったリスクが評価から抜け落ちます。この記事が判断地点と結果を分けて置いているのはそのためです。

Q. この記事は同じ5社への投資をすすめるものですか?

A. いいえ。過去の一時点で公開されていた資料を確認し、判断の記録を残すことを目的とした記事です。特定銘柄の売買を推奨するものではなく、記載した数値はすべて過去の実績です。投資判断はご自身の責任で行ってください。